『フランクル『夜と霧』の旅』を読んで

こんにちは。半熟ままこです。

今回は『フランクル『夜と霧』の旅』(著者・河原理子)を読んだ感想。図書館でフランクル著の『夜と霧』を借りたと思ったら、間違えて借りてしまった本だけど。。。人生についてじっくり考えるきっかけになった本になった。

この本はフランクルに影響を受けた人たちの話であったり、フランクルの周りの人々のこと、そしてフランクルが収容所から解放されてからの様子やフランクルの一貫している主張など、いろんな視点で書かれている。だから、日本で起きた残酷な殺人事件のことも書いてあるし、著者が心の底からフランクルの心情や主張を感じ取ろうとしているのがわかる内容だった。

その中でも、わたしが印象に残ったこと。

フランクルの言葉や主張に焦点をあててみようと思う。

ヴィクトール・フランクル

ナチスによるユダヤ人の迫害が始まり、精神科医だったフランクルは37歳の秋にウィーンから追われ、40歳の春に解放されるまでの約2年7ヶ月の間、4つの強制収容所にとめ置かれた。

強制収容所で父親を看取り、母親はガス室で命を奪われた。兄も、そして妻は別の強制収容所に送られ解放されてた後、亡くなった。

解放された後、フランクルは夜と霧を書き始めた。

それでも人生にYESという

本章に出てくる『それでも人生にYESという』はフランクルが書いた本のタイトル。

強制収容所で囚人たちが歌った『ブーヘンヴァルトの歌』の歌詞の一部でもある。

人間はあらゆることにもかかわらず___困窮と死にもかかわらず、身体的心理的な病気の苦悩にもかかわらず、また強制収容所の運命の下にあったとしても____人生にイエスと言うことができるのです。

それでも人生にイエスと言う

この言葉がどういった体験をもとに書かれたのか、言葉の重みを知りたくて、当時の強制収容所で起きていたことを調べた。写真を見て、記事を読みあさった。

あまりの悲惨さに胸焼けがする。。。

フランクルが悲惨な状況を見て、体験して、『それでも人生にイエスという』と言った?
知れば知るほど、極限状態に陥ったことがないわたしには到底理解できない領域なんだと思った。

フランクルが強制収容所で見たもの

自分が食べないと死んでしまうと分かっていてもパンを病人に差し出す人。
労働中、大きな声で希望を胸に歌う人たち。
どんな状況下に置かれても希望を持ち続け、夕焼けを美しいと感動した人たち。

身ぐるみをはがされ髪までそられ、番号で振り分けられ、人として扱われなくなった状態でも、、、それでも精神は誰にも奪えない

このユダヤ人迫害から見える、人間の醜い部分とは別に、人間の強さをも感じる。極限状態でも生きようとする強さが私たちにはある。そう考えれば、ある程度のことは乗り越えていけるはず。。。

フランクルの一貫した主張

この本を読んでいて驚いたことが、フランクルが強制収容所で極限の体験をしてもまだ、ナチスドイツに対して集団で一括判定することを否定していたこと。

ナチスに対して悪魔のラベルを貼らない。

ナチスドイツの中にも良い行いをする人はいたから。

ナチス親衛隊長であったホフマンは移送されてきた囚人たちを殴ることを禁じて、衣服の提供をした。そして自腹で薬を調達していた。。。これがフランクルの見た事実。

だから、フランクルは一貫して集団で一括判断することの怖さを語っている。

どれだけ周りから批判されてもフランクルは一貫してこの主張を繰り返し叫んだ。同じユダヤ人からも批判されても。

フランクルが訴えている『集団で判断しない』という考え方は、悲しみの中にいる人たちにしたら受け入れ難いだろう。このあまりにも悲惨な出来事を綺麗な感情で収めることができず、ナチスドイツを憎む。

でもフランクルも家族を失っている。同じ体験をして、人の醜く汚い部分を見た人でもある。同時に人の『それでも人間らしくあろうとする部分』も見た人でもある。

その彼の心の底から思う。繰り返さないために私たちがどうあるべきか。

集団で判断するということは、ナチスドイツがしてきた、ユダヤ人を集団で悪としてきて行ってきたホロコーストと同じこと。

人間にはただ「品性のある人種と品性のない人種」のふたつがあるだけで、品性のある人は少数だったし、これからも少数派にとどまるだろう、そして政治体制がならず者を押し上げて権力の座につけば、どんな国でもホロコーストを起こしうる。

by フランクル

悪には悪で返すのではなく、乗り越えていく。

わたしはこんなことが言えるのだろうか?

子どもたち、もしくは自身にこのようなことが起こったら悲しみ、憎しみ、恨みの感情をどこに置いたらいいのか。

フランクルがいう、過去からの光
「それでも」意味を見出すことはできる。

この過去からの光から、どのように意味を見出していけるのか。。。人生の課題だと思う。

人生に息詰まったり、疲れた時はフランクルの著書『夜と霧』をまた読もう。その時はまた違った見方ができるかもしれない。

私たちは集団で判断しがちなところがあり、その思想をもった人が政治を動かすことになったらまた同じことを繰り返すことになることを心に留めておこう。

そして、私たちの精神は誰にも奪えないことも。。。